元より一種の高蒔絵であるけれども、古色蒼然として居って、幾十年幾百年を経(たつ)たかのように見えるのと、一は塗り上げた漆が容易に剥離しないのが、一国斎塗りの特長であると共に秘術なのである。 嘗つて二代一国斎の製作品が、十余年間河中に陥っておったのを発見したが、之を引き揚げて見るのに、施した色彩の違わないのみならず、一点の素地を現した処がないのである。 扨(さ)て一国斎塗は其秘術が漆にもあるけれども、塗方にも大々的なる口伝があるそうである。 曾(かつ)て二代一国斎中村正作(かずさく)までは、白漆の代用として、密陀漆を荏油(えのあぶら)で煮て以て、使用して居たのであるが、それではなお十分に塗り上げたものをして、真価を現すことが出来ないから、種々苦心したけれども、二代中村一国斎は遂に其原料を見出すことが出来ないで三代木下一国斎となったのである。 それで三代は東奔西走苦心惨憺の結果、白漆と紫漆とを発見したので、是から塗り上げたものをして十分に古色蒼然たるに至らしめたのである。 而して塗り方には、漆の練り上げと、一は色彩を施したものとの二通りである。 漆の練り上げとは僅々一枚紙で素地を拵え、其上を荒漆で幾十度幾百度塗って置いて、尚其上に磨をかけては、本塗を施すのであるから、一つの小さな捲煙草入箱を仕上げるにも一年以上費やすのである。 殊にそれが単に黒塗りならば 宜いけれども、色彩を施すとなると幾百度の手数を要するか知れない。 それは何故かと云うと、此処に一の桜を画くに当りて、桜の花の萼(がく)を初とし、花弁に至るまで普通の画師が使用するように、穂の長い毛の少ない真書で、以て、少しずつ漆を盛って行くのである。 其漆の盛り方が、普通の高蒔絵とは違って居るので、模様の高さが少なくとも二、三分以上である。 煉り上げてない普通の塗物は、総ての素地を桐で製作えたものであって、素地其物が一の美術に出来て居る。 桐は少なくとも十年以上伐り込んだもので、鉋(かんな)の掛け方角々の合せ目など普通の指物師では出来ないそうである。 此素地の上を京都の武田流に布を着せて、荒漆をかけるのである。それで熱湯に入れても水中に入れても決して毀損(きそん)しないのである。 斯くして一国斎塗は出来上がるのであるからして、鳥渡(ちょっと)見ると彫刻の巧みなるものかと思われる。 己に過日来三重県で開催中であった、関西共進会へ池田一国斎の作を出品した処が、今度褒状が来たそうなが、それを見ると、彫刻食籠としてある。 一国斎父子は此褒状に対して、奇異の感を懐いて居るようである。 前のように筆で以て一々塗り上げたものを、彫刻物と誤認されるのは、氏の技術が神に入っているからか、又は普く世人に知られないのであろう歟。 | |
| 戻る | |