系統の天性

話が少し前後するが、木下兼太郎氏の一家は系統的に天性の美術家とでも云うべきである。

并は祖先からして塗師又は土細工を一の道楽として居ったのもののようであるが、就中兼太郎氏の父祖が江波村に移住してから後、同所の皿山に一の窯場を拵えて、皿山焼きと云うのを仕て居たことである。

それは西京の人であって、何の瀬平と云うものがあって、此人が陶器の絵を画くことが上手で、当時有名なものであって、今日でも老人に聞くと知って居るものがあるそうなが、木下家に伝わって居るものは、三宝焜炉と一は厨子入の偶像である。

三宝焜炉は高さ六寸位であって、下の口の上に二顆の桃が画いてあって、上に「王母千年実秦人栄人孫」の文字が行書で題してあったが、なかなか遒勁(しゅうけい)な筆蹟である。

偶像は高さ二寸位、総て線香灰を以て焼いたもので、之に色彩を施したのであるが、古色蒼然たる上に、薫香鼻を撲(う)ち来るのである。

それで此作を見るものは誰しも斯子あることを首肯するであろうと思う。



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